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蜷川実花展 開幕記念座談会:
クリエイティブチーム「EiM」はいかに唯一無二の空間を生み出したのか

2023.12.28 (Thu)

写真家・映画監督の蜷川実花がデータサイエンティストの宮田裕章らと結成するクリエイティブチーム「EiM」による展示「蜷川実花展 : Eternity in a Moment 瞬きの中の永遠」が2024年2月25日まで行われている。本展に合わせて新たにつくられた作品から構成された11の展示室は、TOKYO NODEを別世界へと変えてしまうものだ。「巡回不可」と言われるほど唯一無二の空間は、どのようにつくられていったのか──本展の開幕を記念し蜷川実花と宮田裕章、セットデザインを務めたEnzoと森ビルの杉山央、桑名功が集まって行われた座談会の模様をお届けしよう。

TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
PHOTOGRAPHY BY Timothée Lambrecq

感性を言葉で紐解きながら進んだ制作

――11の展示室から構成された「蜷川実花展 Eternity in a Moment 瞬きの中の永遠」は蜷川さん史上最大規模の展示と言えます。EiMのみなさんはこの展示に向けて1年間活動されてきたそうですね。

 

蜷川実花(以下、蜷川):去年の秋にTOKYO NODEでの展示が決まってから、1年かけてみんなで作品をつくりつづけてきました。展示が決まったタイミングでは《胡蝶のめぐる季節 Seasons: Flight with Butterfly》しか発表していなかったので、よく(杉山)央くんは私たちを信じてくれたなと(笑)。

宮田裕章(以下、宮田):そもそもEiM自体が結成したばかりですし、新人バンドのようなものでしたからね(笑)。

杉山央(以下、杉山):おふたりを信じてよかったです(笑)。ぼくはEiMのメンバーでもありつつ、構想段階からTOKYO NODEに携わってきました。コロナ禍以降の都市の価値を問い、領域を超えたつながりを生み出そうとしているTOKYO NODEは、蜷川さんと宮田さんの活動と共鳴すると思ったんですよね。

蜷川実花(写真家・映画監督)

宮田:花や金魚といったモチーフはもちろんのこと、これまでも蜷川さんは都市の美しさを捉えられてきましたからね。今回の展示でも前半で展示される《Breathing of Lives》を筆頭に、都市の中に感じる命の息遣いに焦点をあてたものがたくさんあります。街の灯りやネオンサイン、車のヘッドライトなど、人間の活動から生まれた美しい景色が捉えられていて、自然/都市という対立ではなく、ある種都市も自然のひとつとして提示されている。

「Eternity in a Moment」というタイトルにもあるとおり、日常の中にある儚い美しさを永遠の存在として昇華するこの展示は、まさにぼくたちが生きる都市の美しさを表現するものでもありました。

桑名功(以下、桑名):今回の展示は都心に立つTOKYO NODEの環境を活かしたものでもあります。ドーム型の大きな空間に映像を投影した《Flashing before our eyes》やクッションに座って鑑賞する《Blooming Emotions》など、一部の展示室や通路は夜になるとカーテンが開いて東京の夜景が見えるようになってるんですよね。地上200メートルにつくられたTOKYO NODEだからこそ実現した体験になったと思います。

《Flashing before our eyes》

《Blooming Emotions》

《胡蝶のめぐる季節 Seasons: Flight with Butterfly》

──EiMというチーム名も「Eternity in a Moment」からとられたものですよね。EiMはどうやって生まれたものなんでしょうか。

 

宮田:EiMは、蜷川さんと私のコラボレーションから始まったようなところがあるんです。きっかけは、2021年に『京都新聞』の「THE KYOTO」という企画で枕草子をテーマにビジュアルを制作したこと。ぼくが考えたコンセプトをもとに、蜷川さんに写真を撮っていただいたんです。その後蜷川さんが上野の森美術館で行った展覧会では、ぼくがすべての作品の解説を書かせていただきました。そんなやりとりから、EiMも生まれていったんです。

蜷川:宮田さんとのコラボレーションは、私にとっても新鮮なものです。これまで作品をつくるときは自分の感性にまかせて撮影することが多かったんですが、宮田さんは私の作品を紐解きながら言葉を与えてくれる。自分ひとりで作品をつくるときよりも、コンセプトがしっかり立ち上がるんですよね。

宮田裕章(データサイエンティスト)

デビューアルバムにしてベストアルバム

──そこから蜷川さん個人ではなくEiMとしての活動も進んでいった、と。

 

宮田:5層のスクリーンを使った映像インスタレーション《胡蝶のめぐる季節 Seasons: Flight with Butterfly》の原型は、2022年3月に富山県美術館で行われた蜷川さんの展示で披露されたものです。その後も今年3月にArt Basel Hong Kongでのインスタレーションや7月に群馬県のまえばしガレリアで発表した「残照/Eternity in a Moment」など、さまざまな展示を通じて作品をつくってきましたよね。

蜷川:EiMのメンバーも意図的に増やしたというより、作品に応じて有機的に集まった感じだよね。Enzoくんに参加してもらったのはArt Basel Hong Kongからかな。でもEnzoくんには昔から映画の制作でずっとお世話になってきていたし、これまでのつながりからたくさんコラボレーションが生まれています。

Enzo(セットデザイナー)

──Enzoさんは2011年の『ヘルタースケルター』から2022年の『xxxHOLiC』にいたるまで、さまざまな映像作品でセットデザイナーを担当されていますよね。蜷川作品に欠かせない存在と言えそうです。

 

Enzo:お互いの事務所が徒歩2分の距離で、めっちゃ近いんですよね。だからコミュニケーションも取りやすいんですよ。

蜷川:電話するよりも直接会ったほうが早いもんね。糸電話でつないだ方がいいんじゃないかと話していたくらい(笑)。

 

──今回はTOKYO NODEで展示をつくっていくために、杉山さんや桑名さんも中核メンバーとして制作に臨まれたわけですね。

 

蜷川:央くんとは昔から友達だったので、作品をつくる前から話すことも多くて。桑名さんには今回本当にお世話になりました。私も宮田さんもいろいろなことにチャレンジするのが好きなのでどんどんやりたいことが増えてしまうんですが、桑名さんが全部実現してくれました。

宮田:桑名さんが一番大変だったんじゃないかな(笑)。蜷川さんの事務所に通われてましたもんね。

桑名:もちろん大変なこともたくさんありました(笑)。ぼくはおふたりのアイデアを展示空間へ落とし込んでいく方法や、会場の全体構成を主に考えてきました。展示室の並びなど全体の構成部分はアルバムの曲順にあたるようなもので、とくに時間をかけながら議論していましたね。

宮田:勝手にギターソロを弾きだしたり、突然アドリブで歌い始めたりするような人ばかりですから(笑)。桑名さんがベースのように基礎をつくってくれたからこそ、展示室をまたいでBGMがシンクロしているなど、移動の時間も含めてアルバムを聴くような体験が実現したのかな、と。

《残照 Afterglow of Lives》

《Unchained in Chains》

展示室と展示室をつなぐ通路には、都市の情景を捉えた写真が展示されている。スクリーンの向こうには東京の風景が広がっており、昼と夜で通路も異なった表情を見せている。

――蜷川さんはこれまでも多くの方とコラボレーションされていますが、EiMの制作はまた異なるものなんでしょうか?

 

蜷川:もちろん映画はたくさんの方々と一緒につくりますし、さまざまな人や企業と商品をつくる機会をいただくことも多いんですが、やはり写真家としての作品は自分の核となる部分ですし、ほとんどひとりでつくってきたんですよね。

これまでは私がやりたいことを実現するためにチームのみんながサポートしてくれる形が多かったんですが、EiMを結成したことで、みんなで議論しながら一緒に作品をつくる面白さに気づかされました。もちろん、それはEiMのみんなに圧倒的な信頼とリスペクトがあるから実現したことでもあります。いまはもう、このチームならなんでもできるんじゃないかと思っています。

宮田:ぼくも多くのジャンルの方とコラボレーションする機会をいただくのですが、蜷川さんの視点から世界を見られる体験はとても刺激的でした。現代社会は「エコーチェンバー」と言われるように価値観が近い人同士が集まるようになっているんですが、ぼくと蜷川さんはかなり離れていて、住んでいる世界がぜんぜん違うんですよね。

 

──異なるフィールドで活躍されているみなさんが集まると、どんどんアイデアが生まれていきそうですよね。

 

Enzo:とにかく朝からみんなずっとやりとりしてるんですよ。喋っていない人がいない(笑)。

杉山:そのプロセス自体がすごく楽しかったですよね。

宮田:デビューしたばかりのバンドが毎月新曲を発表しつづける感じでしたからね。結果的に、デビュー間もないのにベストアルバムが生まれてしまったという(笑)。

視聴覚だけでなく全身で体験する

――結果的に、ものすごい空間が生まれていますね。今回の展覧会は、TOKYO NODE開幕第一弾企画となったRhizomatiks + ELEVENPLAYの「Syn : 身体感覚の新たな地平」とまったく異なる空間を生み出しています。

 

杉山:TOKYO NODEにとっても重要な展覧会になりました。いまはありとあらゆる情報がインターネット上に溢れていますし、スマホを見ているだけでどこかに行ったような感覚にもなれますが、TOKYO NODEはこの場に来ないと得られない価値をどうすれば提供できるかずっと考えてきましたから。

桑名:展覧会の見どころとしても挙げているように、CGを用いずすべてリアルな被写体から構成されているところも特徴のひとつですね。

宮田:いまはスマホも発展していますし、VRなどがあれば自由な空間をつくれると思われるかもしれませんが、やはりデジタルデバイスにはまだ限界も多いんです。たとえばVRの体験ってかなり視覚に依存していますよね。

音楽ですら耳だけで聴いているのではなく、体で振動を感じている部分がある。今回の展示はまさに体全体で感じられるものになっていて、たとえばドーム型の空間を使った《Flashing before our eyes》は寝転がりながら観ていただけると、VR以上の没入感が生まれるものになっています。

杉山央(森ビル)

──宮田さんの指摘は、展示室同士のつながりとも関わっているように思います。桑名さんが仰っていたように、ただ11の作品が並んでいるわけではなく、一連の流れの中で作品を体験していくことが重要というか。

 

桑名:暗い空間の中に枯れた花で構成された《残照 Afterglow of Lives》から始まり、蜷川さんがこれまでも撮られてきた金魚にフォーカスした《Unchained in Chains》など彩りのある作品へつながっていくんですよね。

宮田:色のない世界から始まり、光の差す方向へ進んでいくような構成になりましたね。《Unchained in Chains》は蜷川さんを象徴する作品ですが、大きな水槽の中で泳ぐ金魚は、コロナ禍を経て社会という大きな“水槽”の中で制約を受けながら生きていることに気づかされた人間の存在を感じさせるものでもあります。

杉山:コロナ禍で人と人の接触が避けられ、多くのコミュニケーションがオンライン化した一方で、この数年で五感の価値が見直されている気もしますよね。

蜷川:私自身、これまで写真や映像を撮るときも、単に被写体だけではなく、その場の空気感や自分の気持ちや体調が映り込むものだと思っていて。音はもちろん、一部の作品では香りも感じられるようになってますし、五感で楽しめるような展示になっていると思います。

桑名功(森ビル)

自然界で起きていることが詰まっている

――今回の展示はかなり多くの映像から構成されていますが、撮影はどれくらい行われたんでしょうか。

 

蜷川:とくに2月から6月までは、毎日のように撮影してました。梅から桜、紫陽花まで、満開のタイミングに合わせてあちこちを回っていたんです。7割くらいまでは感性だけで気になるものを撮りつづけていたうえで、コンセプトを考えたり、全体の形をつくっていくことで、足りない素材やシーンを考えてさらに撮影を進めていたのかなと。

 

――なにか印象に残っている撮影はありますか?

 

蜷川:屈斜路湖へダイヤモンドダストを撮りに行ったときは大変でした。マイナス22度の環境のなかで、ガイドさんと一緒にカヌーで川を下りながら撮りに行ったんですよね。しかもそれを桑名さんが一番上手く撮っていて。私たちはその映像を「桑名ピラー」と呼んでいました(笑)。

宮田:その映像は建築家の藤本壮介さんに監修いただいた最後の《Embracing Lights》で使われてますね。

桑名:過酷な撮影でした(笑)。この作品は天高のあるTOKYO NODEならではの空間で展示されることもあって、ほかの場所では事前に検証できなくて。美しい空間になってよかったです。

蜷川:もちろん、特殊な環境だけではなく日常の中で撮影した映像もたくさんあります。TOKYO NODEでの設営中に撮影した映像も使われていますから。日常の延長線上にあるような風景もたくさんあって、両方あることがすごく重要でしたね。

――他方で、膨大な量の花で埋め尽くされた《Intersecting Future 蝶の舞う景色》は映像や写真なしにすごい迫力の空間がつくられています。あの空間はどうやってつくられたものなんですか?

 

Enzo:最初の入口に展示された《残照 Afterglow of Lives》が枯れた世界を提示しているのに対し、その裏側へと世界が広がっていくことをイメージしながらつくっていきましたよね。

宮田:Enzoさんなしには実現しえなかった空間です。あの場所をつくるにあたっては、蜷川さんと一緒に展覧会のコンセプトに合わせた景色を撮っていき、光の体験や感動をEnzoさんと共有していました。

Enzo:あの空間は造花で構成されているのですが、もはや造花か生花かも関係ない空間になったよね。設営を進めていくなかで、どんどん花が空間に馴染んでいった気がします。すべて造花なのに、湿度さえ感じられる。

蜷川:Enzoくんとはずっと一緒に作品をつくってきたので絶対にすごいものができると思っていたんですが、次から次へと造花が運び込まれて、本当にすごい空間ができたよね(笑)。

Enzo:TOKYO NODEは大きいしカッチリした空間だと思ってたけど、最終的には「狭いな」「もっとスペースが欲しいな」と思っちゃったからね(笑)。

宮田:密度もすごいし、さまざまなランドスケープがもっている力が感じられる多面的な空間ですよね。

Enzo:しかも、太陽が動いていくように展示室内の照明も5分かけて変化していくようになっている。自然界で起きているたくさんのことがひとつの空間に詰まってますね。そもそもここにある花がすべて一斉に咲くことはありえないわけですが、すべてが咲いて混ざり合っている空間が生まれました。

TOKYO NODEでしか実現不可能な空間

――さまざまな見どころがある展覧会だと思うのですが、みなさんが特に気に入られている部分はどんなところでしょうか?

 

Enzo:入口の《残照》ですね。ほかの展示室に比べると非常に静かな作品ではありますが、まずは入口で静かに鑑賞していただいてから、この展示の世界に入り込んでいただきたいです。

桑名:一つひとつの展示室はもちろんのこと、通路のあり方ひとつとってもどんな体験をつくって作品をつないでいけばいいか議論しながら組み立てていったので、移動の時間も含めてこの空間全体を体験していただけるとうれしいです。

杉山:ひとりで観るのも楽しいと思いますが、友人や恋人、家族と一緒に楽しさを共有しながら観ていただきたい展示になっていますよね。昼夜で演出が異なる作品もありますし、空間全体が常に変化しつづけているとも言える。ぜひいろいろな楽しみ方をしていただきたいです。

《Intersecting Future 蝶の舞う景色》

《Fading into the Silence》

《Embracing Lights》

会場に併設されたポップアップショップでは、今回の展示に合わせてつくられたオリジナルグッズも多数販売されている。

宮田:通常の展覧会だとほかのお客さんが邪魔に感じられてしまうこともあるかもしれませんが、今回の作品はほかの人たちがいるからこそ生まれる体験もたくさんあるように思います。とくに《Embracing Lights》は空間全体のなかで多くの人と一緒に光を観るものですし、ぜひ楽しんでいただきたいです。

蜷川:私はやはり《Intersecting Future》がある種の代表作と言える気がしています。本当にここでしか観られないものになっていますから。ほかの作品はもちろんのこと、今回はたくさんのオリジナルグッズも製作しましたし、それらも含めて巡っていくことで一本の映画を観るような体験をつくれたんじゃないかと思っています。TOKYO NODE以外の場所でもやってほしいと言われることも多いのですが、この展覧会は、絶対にここでしかできない(笑)。地方に住まれている方々には本当に申し訳ないんですけど、ここでしか生み出せない体験をつくっているからこそ、ぜひ多くの方に観ていただきたいです。

宮田:巡回不可能(笑)。杉山さんからお声がけいただいたタイミングも含め、この時代とこの場所があって初めて実現したものでもあるな、と。「サイトスペシフィックアート」という言葉は特定の環境や自然の中で成立する作品を指すものですが、今回の展示も一回性がかなり高いものになっています。外の風景と連動するような部分もありますし、場所と共鳴しているような瞬間もたくさんある。今回展示している映像の多くは特別な場所ではなく誰でも行けるような場所で撮られたものですし、一人ひとりの心象風景とつながるような瞬間もたくさんあるんじゃないかと思います。

蜷川:私自身、鑑賞された方がどうこの作品を感じて表現するのかぜんぜん想像がつかなくて。それくらいほかに例のない空間をつくれたと思うので、この作品がみなさんにどう受け取ってもらえるのか、とても楽しみにしています。

2023.12.12 緊急時のお知らせ

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